【歴史シリーズ ー Audi編①】アウディ創業者は元はベンツのエンジニアだった!?

audi-logo-opt

「今最も勢いのある自動車の海外メーカーは?」

こう質問すると、おそらく多くの人が「アウディ」と答えるのではないでしょうか。

31d0b022607883f07e9213742158878d_large

みなさんもご存知のように、近年ドイツの高級車ブランド「アウディ」が世界的に人気です。

2014年の世界販売台数は過去最高を記録し、今やBMWやメルセデス・ベンツを追い抜く勢いです。

これまで日本では、BMWやメルセデス・ベンツの陰に隠れて、あまり存在感の無かったアウディですが、どうしてこれほどまで人気になったのでしょうか?

その人気の秘密を探るために、今日から、何回かに分けて、アウディの歴史を紐解いていきたいと思います。

初回の今日は、アウディの創設者アウグスト・ホルヒがアウディ創設に至った経緯について一緒に見ていきましょう。

 

アウディの創業者はベンツのエンジニアだった!?

3_l

アウディの創設者アウグスト・ホルヒは1868年に、ドイツ西部のヴィンニンゲンという町でワイン酒屋と鍛冶屋を営む一家の息子として生まれます。

学生時代は、ドイツ最高峰の技術学校で工学を学び、卒業後エンジンを製造する会社で生産技術者として働きます。

その後、28歳で、現在のメルセデス・ベンツの前身であるベンツ社に転職します。
それは、ガソリンエンジン自動車が発明されてから、まだ10年しか経っていない1896年のことでした。

 

自ら立ち上げた会社を追われる

ホルヒは、ベンツ社で3年間自動車のイロハを学び、その後いよいよ独立します。

1899年、アウグスト・ホルヒはベンツ社から独立し、自動車製造会社を立ち上げます。
しかし、この時立ち上げたのは、アウディではなく、自身の名前をつけた「ホルヒ」という会社でした。

ホルヒ市販車第1号「Type 4/5PS」

ホルヒ市販車第1号「Type 4/5PS」

ホルヒ S800

ホルヒ S800

アウグスト・ホルヒはとにかく「品質」や「性能」への探求心が強く、彼が新会社で開発した車は、当時ではまだ珍しかったアルミ製のエンジンやニッケルクローム鋼の歯車などを積極的に採用していました。

しかし、そんな彼の技術開発への貪欲さゆえに、売上に見合わない資金を技術開発費に投入し、のちの会社経営に悪影響を及ぼすことになります。

その結果、アウグスト・ホルヒは、自ら創業した会社「ホルヒ」を追われることになります。

アウグスト・ホルヒは、その後このような言葉を残したと言われています。
「私はただ高性能で質の良い自動車を作る努力をし続けたのだ」

そんな彼の価値観が、まさに現在のアウディの価値観にも通じているのではないでしょうか。

 

アウディの設立

創業者アウグスト・ホルヒがいなくなった「ホルヒ」は、その後事業を安定させ、急成長を遂げます。

一方、アウグスト・ホルヒは、「ホルヒ」の工場が見える向かいの土地に新たな会社を立ち上げました。
それが、「アウディ」です。

今から100年以上前の、1910年のことでした。

ちなみに、「アウディ」とは、「ホルヒ」と同じ『聞く』という意味を持つラテン語だそうです。

1923年発売のAudi TypeE

1923年発売のAudi TypeE

 

いかがでしたでしょうか。
アウディ創業者アウグスト・ホルヒがアウディを創業した背景に、まるで1度Appleを追われたスティーブ・ジョブズのようなエピソードが実はあったのです。
次回は、その後のアウディの歴史を振り返ってみたいと思います。

 

参考:アウディの矜持

永田カーティン

永田カーティン

投稿者プロフィール

車好きサラリーマン。
かつて自動車エンジニアとして働いていた経験を基に車に関する面白情報を紹介する。

この著者の最新の記事

関連記事

Car Talk(カートーク)とは?

Car Talk(カートーク)とは?

車好きが車好きのために発信する車情報サイトです。

シェアブログからスピンアウトした車の情報サイト。
車に精通するプロが車に関する情報を発信していきます。

シェアブログはこちら

カートークのTwitter

広告ページ

ページ上部へ戻る